会長の時間

今日は私の高校時代からの親友のお話をしたいと思います。彼とは高校時代、下宿している友人のたまり場で知り合い、仲良くなりました。彼は陸上部、私は帰宅部でした。

頭もよく国立大学進学コースに在籍していましたが私のようなボンクラと本当によくつるんでくれました。性格はどちらかとゆうと温厚なタイプで屈託のないやさしい笑顔が特徴的でしたが、ある日私が友人とケンカになりそうになったことがあったのですが彼が割って入り事なきを得たことがありました。

高校卒業後、彼は東京、私は大阪でしばらく会わなかったのですが確か30歳ぐらいの頃、家業を継ぐために彼は日田に戻って来ました。それからたまに他の友人達と飲むこともよくありました。

そんな中、あるお酒の席で友人の一人が泥酔してお店で暴れだしたりした事があり、その時も彼がそいつを制しました。いつもの屈託のないやさしい笑顔とは違う正義感にあふれる一面をたまに見せる私には大事な友人の一人でした。

そんな彼は6年前の今日、亡くなりました。もう皆様、誰の事かお分かりかと思いますが早いものであれから6年、つまり今年は七回忌です。先日、友人達数名に声をかけてご自宅にお伺いしてお参りをさせて頂きました。仏壇の写真はあの頃、私たちにいつも見せてくれた屈託のないやさしい笑顔の写真でした。その晩、彼を偲んで細やかながら宴を催し、彼の話や高校時代の話題で夜遅くまで盛り上がりました。

私はよく、彼を思い出すことがあり、あいつが生きていたらどう思うかな~?あいつだったらどうするかな~?と考えることがよくあります。
私の勝手な思いを皆さんに押し付けるわけではありませんが今日一日、彼の笑うと眉毛が思いっきりハの字に開く笑顔を思いだしてもらえたら幸いです。

今日は少しお堅いお話をさせて頂きます。令和4年の4月、ほぼ2年前から一定数以上の車を保有している事業所は『安全運転管理者による酒気帯び有無の確認及び記録の保存』が義務化されています。さらに昨年の12月からはアルコール検知器による確認そして記録の保存も義務化されました。

ある一定の台数とは定員が11名以上の車が1台でもあればまたはそれ以外の車であれば5台以上所有していれば該当します。これは青ナンバー白ナンバー問わずです。そして気を付けなければいけないのが従業員が所有している車を業務上で使用した場合も台数に含まれます。

おそらくここにいる皆様の中にも該当する方が多いと思われます。既にアルコール検知器で確認していると思いますが年末年始毎日のようにスマホのニュースで飲酒運転による事故や検挙のニュースが載っていました。その中に運転手の言い分が「数時間立っているのでもう大丈夫と思った」とか「車の中で数時間寝ていたので抜けていると思った」など記事にありましたが個人差はありますが参考までに私の好きなビール350mlで2時間、日本酒1合で3時間半、焼酎ストレート1合で8時間アルコールが体内に残るとゆうデータもあります。

飲酒運転はもってのほかですが先ほど例にあげた通り本人は抜けていると感じても朝、運転してたまたま取り締まりや事故で検査することになって数値が出てしまったらアウトです。
私もお酒を飲む機会は多いですが最近はあまり遅くまでは飲まないように心がけています。

少し話はかわりますが、日田でも11月12月立て続けて死亡事故が発生し非常事態宣言が出されたのは記憶に新しいところです。この二人の被害者は私の契約者の同居のご親族の方でした。この2件の事故はお酒こそ絡んでいませんでしたが、飲酒運転はもちろん、事故などで検挙されるとおおよそ新聞に名前が載ってしまい、この狭い日田ではあっとゆう間に広がって社会的な信用や仕事に大きな影響を及ぼします。残念なことに一昨日の夜、市内の日高町で23歳の看護師が飲酒運転でアパートに突っ込みそのまま逃走した事件がありました。アパートの部屋の住人は幸い軽症で済みましたが、もしこれが飲酒死亡事故などだったらその後どうなるか想像に難しくないと思います。

今日はゲストに日田署の桝谷署長がお越しいただいております。どのようなお話をいただくかは存じておりませんが飲酒運転はもちろん薬物事案などどこか遠い話と思っていたことが以外に身近に迫っていると感じる今日この頃です。

今日の会長の時間は昨年の12月13日の朝に遡ります。夢は毎晩なにかしら見ますが大体、目が覚めると内容は忘れているものですがその日に限って鮮明に映像が残っており、その内容は宝くじが当たった夢でした。「お~これは何かのお告げか~?」と勝手に思い込み、10年ぶりぐらいに宝くじを買ってみました。

100円ショップダイソーの横にある宝くじ売り場に馳せ参じたところ、10人ぐらいの行列ができており「へ~いつもこんなに並んでいるんだな~」と私も並んでみて売り場の張り紙を見たところ、行列の意味がすぐ分かりました。張り紙には『今月の大安は8日、13日、19日!』と書かれていました。「そっか~大安だから行列ができているんだ~」私は全く知らないで来たので勝手に「これも何かの思し召しか~?」と思い込む始末!そして連番を10枚、バラ10枚、ミニジャンボ10枚を購入しました。

人は欲深いもので宝くじを買った時点で既に当たった気になっており、早くも帰りがけの車の中で「たしか高額当選はみずほ銀行に行かないと換金できないはずだからここからだと確か久留米に支店があったよな~?」とか「日頃使っている日田の銀行だと嫁にバレるのでそのままみずほ銀行で口座を作って通帳を分らんところにしまっておこう!」とか「車は何にしようかな~?事務所のあそことあそこをやり直さないかんな~」あげくの果てには「もし私が死んでも下の子供が社会人になるまで大丈夫だな~!」とか「相続でもめなきゃいいけどな~?」など想像は膨らむ一方でした。

今までの私の話を聞いていて会員の皆様の中にも心の中で『そうそう』と頷いている方も多いのではないでしょうか?ちなみに何度か宝くじを購入したことがありますが今までの最高は3,000円が一度当たった事がありました。もちろん今回の抽選結果は12月31日の大みそかに判明したわけですが、今回会員の皆様で買われた方は結果はいかがでしたか?

私の結果ですがお察しの通り私が皆様の前でこのように話すとゆう事はご想像通り300円3枚のみ!もし高額が当たっていたら心の中でほくそ笑み、今日の会長の時間は全く違う話をしていたと思います。

夢は夢のまま儚く散りました。今年も地道にコツコツ仕事にロータリー活動に頑張ります。

今日は職業奉仕賞授与例会です。本日賞を授与させていただくのは先週、古賀委員長からもご案内がありました通り、祇園祭りでの山車の人形を全て作成されている長嶋静雄様です。七月の会長の時間や古賀委員長も先週少し触れましたが私の父と長嶋さんは従姉妹になります。

長嶋さんのお父様と私の父親の母親、私から見たら祖母が兄弟になります。どことなく私と似ている部分もあるかなと思いますがいかかでしょうか?かすかな記憶ですが私も小さい頃、隈町の長嶋家から祇園の山車が練り歩くのを見た覚えがあります。

私の父も親戚の中では長嶋さんとは懇意にしていてよくご飯を食べに行ったり、旅行に行ったりしていました。それから私が社会人になって長嶋さんとお酒を飲む機会などあり、よく祇園にも誘われたたりもしましたが仕事柄なかなか難しく申し訳ない気持ちでしたがお断りさせていただいておりました。にもかかわらず、いろいろな場所で祇園の話になった時に「実は私の親戚が人形を作っているんだよ」と自分自身は祇園に参加していないのに勝手に自慢させてもらっています。

ちなみに長嶋さんは勝手なイメージですがお仕事でもなんでも作ったり治してしまう方で、私の仕事の上でもいつもご無理を言って修理をお願いしたり本当に助けてもらっています。

それゆえに私が日田中央の会長に決まった時に色々な委員長を決めていく中で職業奉仕賞は長嶋さんにしたいと考えていたので古賀会友が祇園に深くかかわっていると考えて古賀さんに委員長をお願いしました。そして職業奉仕賞は私の方から長嶋さんにお願いしたいと古賀会友に頼みました。私にとって自慢の静雄おじさんに祇園で何も力になれなかった分、職業奉仕賞とゆう形で称えさせてもらえればとゆう気持ちで今日この日を迎えることが出来ました。

これからも毎年、人形を作り続けていつまでも自慢の静雄おじさんでいただいて、その技術を6年前から加勢しているうちの従業員にも引き継いでいただき、いつまでも祇園祭が続いていくことを祈念して会長の時間とします。改めまして本日は本当におめでとうございます。

皆さまあけましておめでとうございます!本年も宜しくお願い致します。
本来なら楽しい新年会の予定でしたが元日に発生した能登半島を震源とする巨大地震、翌日の羽田空港での衝突事故、大変な年明けとなってしまいました。

会員の皆様の中で被災されたご親族や知人はいませんでしたか?ちなみに私の母親の実家は加賀市ですが幸い被害はなかったそうです。亡くなられた方には心よりご冥福と被災された方にはお見舞い申し上げます。
先日、ラインでご案内しましたがガバナーから義援金の依頼がありました。会員の皆様には可能な限りで構いませんのでご協力をお願いします。

では改めまして皆様、年末年始いかがお過ごしになられましたか?
私は先日お話しした通り大みそかは紅白歌合戦、毎年の事ですが紅白を見るたびに出演者の知らない率が上がっており、今年は半分以上知らない歌手でした。それに比例して韓国の出演者が多く、一つのグループに日本人と韓国人が入り交ざって正直、訳が分かりませんでした。

元日は福岡から私の兄が来て雑煮やおせちをつまみ、2日はゴルフ、3日もゴルフの予定でしたが雨で中止になしました。それから七日の日曜日に息子が成人式を迎えたのですがパトリアで式典が催されもちろん保護者は会場に入れませんが自宅のテレビにYouTubeでライブ配信されており妻とそれを見ながら紅白といい時代の変化を感じる年末年始でした。

私の少年時代を振り返ってみると年の瀬の30~31日は母親のおせち創りの手伝いで、よく栗きんとんの芋を網でこしていたのを覚えています。それから小学校低学年の頃、もらったお年玉を兄と出し合ってTVゲームを買いに行って、買ったはいいがどっちが使うでよくケンカをしていました。そして小学校高学年にもなるとお年玉をもらってその日の夜には親父主催のドンジャラや花札、トランプなど、ありとあらゆるギャンブルが始まり、その晩には半分近く親に巻き上げられるといった不遇の小中学生時代でした。

また、私の記憶では小学校の頃、冬場はよく駒を回していた記憶があります。横投げではなく上から思いっきり投げおろし、友達の駒を割って楽しんでいたのを思い出します。それから近くの河川敷で凧あげ・・何度糸が切れて何処かへ行ってしまった事か・・
今はそういう風景も見られなくなってしまいましたが今宵はそんな昔話もしながら皆さんとお酒を酌み交わしたいと思います。では残り半年、宜しくお願いします。

今日の例会の内容は恒例の『半期を振り返って・・』ですが、その前に今日の会長の時間は会長の時間そのものの半期を振り返ってみたいと思います。

今のところなんとか、Chat GPTを使わずに折り返しまでやってこれました。皆様もお気付きのように完全に私の趣味趣向に走っておりロータリー○○月間など完全に無視しております。

最初は何を話そうか悩んでおりましたが、開き直って50年近く生きてきた中で自分の興味や経験したこと、今まで人から聞いたことなど思いだしながら話しています。ひと月前からネタを考え、骨となる大まかな話を考えてそれから肉付けをしています。ですので今話している内容も11月の中旬にはネタを考え始め、今日に至っています。

先ほど申した通り自分の趣味趣向なので最初の例会こそ『所信表明』的なお話をさせて頂きましたが次の例会から3回にわたって高校野球シリーズ、過去の台風、ビックモーター問題などありましたが、何度か話題を考えている中でフッと思ったのが会長の時間でお話ししたことで皆さんが「そういえばそうだった!」「そんなこともあったな~!」など記憶の片隅にあったものを思い出していただければな~と思うようになりました。

現にある会員からは「この間の映画館の話、津江にもあったんよ~!知らんかったやろ~!」と声をかけていただき悔しくもあり嬉しい気持ちにもなり私自身も新しいことを知る事が出来ました。また来訪されていた日田ロータリークラブの会員からは「放生会の屋台が咸宜小学校まであったのは知らなかった~!」と言葉をかけていただきました。そんなこともあり、最近ではせっかく用意したネタが何らかの事情で例会予定が変わったり中止にならないかと心配するようにもなりました。

10月11月は朝ドラや大河ドラマ、航空ショー、先週いたっては忠臣蔵などのお話しをしましたが「興味のない人には面白くないだろうな~!」と心の中ではとつぶやいています。ただ今後もこの方向で残り半年貫いていこうと思っていますので皆様、お付き合いください。

皆さまの記憶の片隅の思い出を掘り起こす話題を探してたまには時事ネタにも触れていこうと思います。皆さまからのご意見もお待ちしております。それを糧に残り半年よろしくお願いします。

今日の会長の時間は8月の納涼例会で二次会の席でのお話から始まります。スナックに10人近くでお店に入り、間もなくしてカラオケが始まりました。
その際にある会員が堀内孝雄の『愛しき日々』とゆう歌を歌いました。

そこで私が「これ、確か僕が小学校6年生の時に放送された年末時代劇の白虎隊のテーマソングですよね~!よく知っていますね~!」と、その会話から始まって「実は私もその前年の『忠臣蔵』が面白くて特にテーマソングが同じく堀内孝雄の歌も良かったですよね~」から盛り上がり「今度、会長の時間で話しますね~」から今日に至っています。

とゆう事で、今日は年末時代劇の『忠臣蔵』についてお話しします。ちなみにその方は私より4つも若い会員です。年末時代劇と言えば『忠臣蔵』のイメージが強いですが調べてみると以外にも先ほどお話しした私が小学校5年生の時に見た忠臣蔵が第1作で大石内蔵助を里見浩太朗、吉良上野介を森繁久彌、浅野内匠頭を風間杜夫が演じました。皆さんもご存じの通り主君の仇を討つ忠義のお話ですが一緒に見ていた時代劇好きの父親が「これは面白くするためにいろいろ脚色をしてるもんね~」「今から押し入るのにわざわざ陣太鼓叩くわけなかろ~もん!」「それと赤穂浪士一人ひとりに色々な物語があってそうゆうところも面白い!」と熱弁を振るっていました。

余談ですが実際史実に近いのは高倉健主演の『四十七人の刺客』とゆう映画らしいです。そしてここまで今に語り継がれるのは四十七士全員が切腹したからからとも言っていたのを思い出します。確かにドラマの中で赤穂浪士をどう処分するかを五代将軍綱吉が悩んでいるシーンでは困り果てた綱吉がとある学者に相談したところ「美しい花は美しく散ってこそ未来永劫語り継がれるのではありませんか?」とゆう助言に将軍綱吉も決断し、全員切腹。結果的に今に語り継がれる事になったわけです。

私ももう15年以上前だと思いますが東京出張の際に時間があったので赤穂浪士が眠る泉岳寺に行ってきました。お参りに来る人が絶えず、そして線香の煙があたり一帯に漂っていたのを思い出します。

くしくも明後日の14日は赤穂浪士討ち入りの日です。約320年前にこのような事が実際に起こったわけですがたまにはそうゆう歴史に想いを馳せてみるのはいかがでしょうか?

話は年末時代劇全体に戻りますが、その後、翌年には白虎隊、田原坂、五稜郭と続き1993年の鶴姫伝奇9作まで放送されたようです。

改めて年末のテレビ番組を振り返ってみると随分様変わりしたように思います。私が生まれる前などはおそらく紅白歌合戦がほとんどで、その後レコード大賞、2000年代に入ると格闘技物が始まり、皆さん覚えていますかボブサップvs曙戦、曙がリングでうつぶせでノックアウトされてピクリとも動かない映像は衝撃的でしたね!それから今ではお笑い番組もかなり増えた気がします。どれも面白そうですが結局、紅白に落ち着いてしまいます。皆様は何を見て新年を迎えられますか?

今日は私が一度は行ってみたいと思っていた催しを10月に念願かなってやっと見れたお話をしたいと思います。

それは10月15日に福岡県芦屋市にある航空自衛隊、芦屋基地で行われた航空ショーです。

妻を誘って午前9時からの開催に余裕を見て朝5時に出発したのですが7時30分には基地手前2キロまで来たのですが予想以上の渋滞でそこから2キロ進むのに約1時間かかり、やっとの思いで車を停めてそこから約1.5キロ徒歩でようやく基地に入ることが出来ました。基地に入ってしばらくして気が付いたのですが携帯の電波が全く入らなくなっており、おそらく基地から出る何かしらの電波の影響かなと想像しました。

基地の中に入るととんでもない混雑で後日ネットで調べてみると入場者数は約35,000人だったそうです。

まず目に入ってきたのが沢山の航空機やヘリコプター輸送機などがありそのうちの何機かがエンジンを起動させていたのであたり一帯が燃料の臭いが立ち込めており、例えでゆうなら石油ストーブを消した後の不完全燃焼を起こした後の臭いといえば想像できると思います。

その次に見かけたのが撮り鉄ならぬ撮りなんとかの集団・・。バーズーカー砲かと見間違えるぐらいの見たことが無い長い望遠レンズ・・。

そしてグッズ売り場の人だかり・・そこで驚いたのは私の妻のはしゃぎっぷりにはビックリしました。あれも欲しいこれも欲しいとバスタオルやらキーホルダーやら買いあさっていました。

それからいよいよショーが始まったのですが、まずはヘリコプターやプロペラ機などから始まりだんだん高速の航空機に変わってゆき、是非、見てみたかった一つのF15戦闘機、見たことがある方も多いと思いますが映画『トップガン』で使用された戦闘機とほぼ同型の機種と言えば想像できると思います。スピードもさることながらあの爆音は想像をはるかに超えるものでした。

そして待ってましたとばかりのメインイベント、最後はブルーインパルスのアクロバット飛行が始まり、ぶつかるのではないかとゆう数メートルですれ違ったり、見事に扇形に開いたり見ごたえがありました。

横で大興奮の妻も満足そうで来年も是非見に来たいと言う始末でした。皆様には臭いとかあの爆音をお伝え出来ないのが非常に残念ですが、実は今度の日曜日に中津から北九州方面に向かう途中にある築城基地で同じようなプログラムで航空ショーが開催されます。もちろんブルーインパルスもやってきます。ご興味のある方は足を運んでみてはいかがでしょうか?

昨日まで2800地区の地区大会並びに山形北クラブの55周年にご参加されていた方、大変お疲れ様でした。正直、年間の大きなイベントの一つが終わってホットしているところです。台北西南区の方にも喜んでいただいたのではないかと感じています。詳細に関しては来週、例会にて国際委員長の園田さんより報告があると思います。

では今日の会長の時間は私の子供たちについてお話ししたいと思います。今、私には二人の子供がいますが、長男は大学2年生、長女は高校1年生です。

長男は大阪の大学に通っていますがチャランポランな大学生のお手本みたいな学生生活を送っています。高校時代はおそらく就職するだろうと思っていました。大学を中退した私が言うのも何ですがよく私自身の大学生活を話して聞かせ、たった2年弱の大学生活でしたが楽しかった学生生活の話をよく聞かせた影響もあり、結果的に今に至っています。長男にはせっかく4年間親のスネをかじれるのだから思いっきり学生生活を楽しめと言っており、私自身も親から言われましたが「大学では勉強も大事だけど社会勉強をしてこい・・」と言われたのを今でも思い出します。

息子はそれを忠実に、いやそれ以上に実行しているように見受けられますが日田を旅立つ前に『大学生活10カ条』とゆうのを作って渡しました。内容は、大学は4年で卒業する事。親に言えないバイトはしない事。日田に帰って来られない格好はしない事。取り返しの付かない過ちはしない事。などなどです。

次に長女ですが高校に入学して半年ほどですが男子バスケ部のマネージャーをしています。何故女子ではなく男子バスケ部のマネージャーなのか甚だ疑問です。そんな長女も2年半後にはおそらく日田を出る事になるのでしょう。

長男のように大学に進学しキャンパスライフを謳歌するもよしその中で海外に留学してみるのもよし・・または就職するもよし・・無いスネが増々細くなるかもしれませんがだからこそ親としてもそれを励みにまた仕事に打ち込めるのかな~とも思います。

親としては心配ではありますができれば東京や大阪など大都会に行って色々楽しいこともあるだろうけどその分危険な目にも遭うかもしれませんが、そうやっていろんな人と出会い人を見る目を養ってほしいと思います。

結局何が言いたいかといいますと大志を抱けとまでは申しませんが沢山の人と出会い、若いうちにしかできない経験を思いっきりやってほしいとゆう事です。まさに可愛い子には旅をさせよです。

今日のゲストで来ていただいているネパールからの留学生のゴパル・シャラムさんも国元を離れて遠い日本に来られているわけですがまずはその志を抱かれて現にこうやって日本に来ているその勇気と行動力に心から敬意を表したいと思います。伺ったところによると熊本の崇城大学で航空宇宙関係の分野を学び、現在は九州大学の博士課程に在籍している大変優秀な方と聞いております。

日本に来られ色々ご苦労もあったかと思いますが今日はその志を伺い我々もロータリクラブとしてお力添えできればと考えています。ゴパル・シャラムさんの今後、良き友人に出会い日本での生活が素晴らしいものになることを心より祈りまして会長の時間とします。

今日の会長の時間は10月に告知していた通り、大河ドラマについてチョッとお話ししたいと思います。

ご存じの通り今放送されている大河ドラマは『どうする家康』ですが、このドラマも残り放送回数も僅かになりました。内容も関ヶ原合戦がいよいよ近づいてきて見逃せなくなってきました。このドラマで描かれている家康像は織田信長が白うさぎと例えているように弱虫で決断力が無く部下や民衆からバカにされているところから始まりましたがドラマも佳境を迎え、今では色々な苦難を乗り越え見違えるほどたくましく成長し間も無く260年余り続く江戸幕府を開くところまで来ています。

ここで大河ドラマそのものに視点を変えてみますが毎年いろいろな歴史上の偉人をドラマで描いています。個人的に戦国時代に関わる人物が好きで特に織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑は今回は誰が演じるのかがいつも気になります。今回は三英傑の家康自身が主人公ですがその部下はもちろんその他の戦国武将を誰が演じるのかも楽しみです。

ちなみに私が大河ドラマを見るきっかけになった作品が昭和62年、私が中学生の頃に放送された『独眼竜政宗』です。主人公の渡辺謙は本当にはまり役だったと思います。ちなみに平均視聴率は39.7% 最高視聴率47.8%だったそうです。そのほかの配役もはまり役が多く印象に残っているシーンは勝新太郎演じる豊臣秀吉が陣取るところへ白装束姿で拝謁に来た伊達政宗との初対面の場面は勝新太郎の迫力を感じました。

そしてこの大河ドラマのもう一つの人気の要因はテーマソングです。一言で言うと伊達政宗の勇ましいイメージにピッタリなテーマソングでした。ちなみに今週山形へ訪問しますが、一日目に仙台市の観光を予定していますので伊達政宗の騎馬像を見るのが今から楽しみです。

では私的に過去の大河ドラマから三英傑のはまり役をピックアップしていきたいと思います。

まず平成8年放送の『秀吉』で織田信長を演じた渡哲也。怖くて厳しいそして冷酷な面などでイメージにピッタリと思いました。次に秀吉ですが年老いてからの威厳などでは先ほどの勝新太郎がピッタリですが若き日からの元気の良いイメージからすると竹中直人演じる秀吉ですね。

画面越しにもセリフとは別にツバが飛んでいるのがよくわかりました。最後に家康ですが『独眼竜正宗』や『葵 徳川三代』で二度、家康を演じた津川雅彦!チョッと狸親父と呼ばれるイメージにピッタリかなと思います。

今、放送されている『どうする家康』もまだまだ色々な歴史上の人物が登場すると思いますが「今回はこの武将をこの人が演じているんだ~!」とゆう感じでチョッと視点を変えてみるとより一層面白くなるかもしれませんね。

ちなみに来年の大河ドラマはガラッと時代が平安時代まで遡り紫式部が主人公の『光る君へ』だそうです。戦国時代とは全く違う時代ですが昨年の『鎌倉殿の13人』もなかなか面白かったので期待したいと思います。

朝晩めっきり涼しくなり、今年度も、はや3か月が過ぎました。7月当初は長い一年だな~と思っていましたが、忙しい日々のせいかとても早く感じています。

そんな中、本日膳所ガバナーにお越しいただき公式訪問の日を迎えたわけでが、例年ですと遠方からお越しいただき、会長・幹事懇談会やガバナーアドレスなどで貴重なお話をいただくなど、非常に遠い存在に感じていましたが、日田RCさまからの輩出はもちろんですが、個人的にも毎月、膳所先生、あえて先生と呼ばさせていただきますが高血圧の診察を受けており、いつも気さくにお話ししていただいているので実感がわかないのが正直なところです。

おかげさまで今のところ血圧は安定していますが、今日は緊張のせいかおそらく高いと思います。

さて今年度のRIテーマは『世界に希望を生み出そう』そして地区テーマは『ロータリーは学び舎であり、遊び場である』 『そして今、ロータリーアクションは世界を変える』です。

世界では未だウクライナをはじめ紛争が絶えません。つい先日も中東で戦争ともいえる大きな武力衝突が起こりました。世界はますます混沌としています。

日田中央のクラブテーマも『我々の小さな行動の先に大きな希望の光が見えてくる』です。まずは目の前のできる事から取り組んでいきそれが巡り巡って誰かの希望の光になっている事を願いたいと思います。

それから地区テーマの中に地区とクラブや若者との更なる交流を呼びかけています。今日は例年とは違い夜間での開催です。

日田RCさまと日田中央RCとで交流を深め、今度の日曜日に開催される日田RCさまの60周年、そして5月の地区大会の成功に向けて微力ながらお力添えできればと考えております。残り約9か月弱ですが宜しくお願いします。

今日の会長の時間は毎朝見ている方も多いと思いますが、NHKの朝ドラについて私の勝手な私見でお話ししたいと思います。9月まで植物学者の牧野富太郎をモデルにした『らんまん』が放送されていましたが10月からは『東京ブギウギ』のヒット曲で知られる笠置シズ子をモデルにした『ブギウギ』が放送されています。

過去に100作以上放送されていますが平均視聴率でランク付けすると第3位は昭和47年放送の『藍より青く』47.3% 第2位は昭和46年放送の『繭子ひとり』47.4%、そしてダントツの第1位は皆様の想像通り昭和58年放送の『おしん』です。平均視聴率はなんと52.6%、最高視聴率は驚異の62.9%です。国民の約3分の2が見ていた事になるわけですがこれは全ドラマ史上最高で未だに破られていないようです。ただ正直なところ2,3位に関しては私はまだ生まれていませんし、『おしん』も私は当時9歳でしたのでほとんど記憶にありません。

ただ来月訪問予定の山形北RCがある山形市は『おしん』の舞台でもあります。伊東四朗演じる父親とおしん演じる小林綾子の別れのシーンは最上川で撮影されたのは有名ですね。(余談ですがあのシーンは二人のスケジュールの都合で伊東四朗と小林綾子は別々に撮影したそうです。

ここからは私の視点ですが実在の人物をモデルにしたドラマの方が私は好きで特に戦前戦後が絡むと尚の事、見入ってしまいます。

そこで勝手ながら私個人的にランキングをしてみました。まず第3位は『マッサン』これは現在のニッカウヰスキーを創業した竹鶴政孝のお話で放送当時初めて外国の女性が主人公になったのも話題になりました。実際に工場で使われた蒸留窯が日田の洋酒博物館にあるのをご存じの方も多いと思います。第2位は『あさがきた』実業家であり大同生命や日本女子大学を設立した広岡浅子がモデルのお話で豪商の娘に生まれた主人公がいろいろな事業を始める物語でした。

そして栄えある第1位は2020年放送の『エール』とゆう朝ドラです。ピンとこない方も多いと思いますがこの朝ドラは戦前戦後作曲家として活躍した古関裕而がモデルで主な代表曲は夏の高校野球の大会歌の『栄冠は君に輝く』や阪神タイガースの『六甲おろし』など野球や応援歌、はたまた『長崎の鐘』『イヨマンテの夜』極めつけは東京オリンピック入場行進曲の『オリンピックマーチ』など多岐にわたります。戦前は戦争を鼓舞する曲を軍部から依頼され戦後、若者を戦地に送る手助けをしてしまった事に苦悩したようです。

ほかの朝ドラに比べればそれほど人気は無かったのですがなぜ1位に選んだかといいますと放送直前にコロナが感染拡大しだした頃でドラマの中で作曲家の山田耕作役で出演予定だった志村けんが放送開始直前の3月29日にコロナで亡くなるとゆう悲劇がおきました。放送中もコロナの感染拡大で放送が中断したりコロナに翻弄された朝ドラでした。

その中でも印象的なシーンが最終回で生前の志村けんの笑っている姿を偶然スタッフが撮っていたのを上手くドラマの中に組み込ませて放送したシーンでした。おそらくこれが生前最後の姿だったんだろうなと思います。そうゆう理由もあり1位に選びました。

ちなみに来年4月からの朝ドラは伊藤沙莉演じる日本の女性初の弁護士のお話だそうです。次回は大河ドラマランキングをお届けします。

今日は映画の話をさせていただきます。

9月の事ですが2回ほど映画を見に行きました。最初の一本は巨大なサメが襲ってくるパニック映画で次が私たちが学生の頃読んでいたアニメの映画を鑑賞しました。やはり映画館で大きなスクリーンと大音量で鑑賞するのは良いもんだといつも感じます。

皆さんにも思い出の映画の一つや二つあると思いますが、私もチョッと振り返ると人生で初めて映画館で観たのは小学校の低学年の時に朝日館で見た『ゴジラ』だったと思います。それからしば~らく映画館で見ることが無くよくよく考えていると日田の大きな映画館で映画を観たのはその『ゴジラ』が最初で最後だったんだな~と思いました。それと同時にレンタルビデの普及が拍車をかけ増々映画館離れが進んだ気がします。

それから社会人になって『タイタニック』とゆう映画が上映されて話題になったこともあり公開からしばらくたって久しぶりに男友達と見に行きました。少し遅れて前の方に座り以外に少ないな~と思いながら映画が終わって館内が明るくなって振り返ってみるとカップルだらけでチョッと恥ずかしかった記憶があります。

話は戻りますが日田にも映画館はたくさんあったと聞いています。チョッと調べてみたところ中城町に

娯楽館、川原町に世界館、南豆田または三本松あたりに日田東映劇場(この3つはいずれも昭和41年頃閉館)本庄町に日田映画劇場(昭和45年頃閉館 現在の洋酒博物館)中央通りの中央館(その後日田東宝中央館→朝日センター→日田朝日センターと名称を変更 昭和52年頃閉館)本町の名画座(昭和60年頃閉館)そして最後は朝日館(平成4年ごろ閉館)最盛期には7つもあったことが分かりました。皆さんの中にも今言った映画館に行かれた方も多いと思います。

今と違って昔は3本でいくらとか見放題があったとか無かったとか・・それぐらい娯楽として浸透していたんだな~とゆうのがよくわかるエピソードですね。

話は現代に戻りますが、映画館もいろいろ工夫して毎月1日は映画の日で2,000円が1,300円で観れたりとか毎週水曜日はレディースデイで女性は安く鑑賞できたりとかあの手この手でお客様を呼び込んでいます。

最初にも言った通り映画館で見る醍醐味は大きなスクリーンと大音量です。今はレンタルビデオも廃り日田のTSUTAYAはほぼ本屋のレンタルです。私もですがレンタルビデは何年も借りておらず最近ではNetFlixで映画を鑑賞しています。映画を観る術は随分変わりましたが秋の夜長、皆様もたまには映画館まで足を延ばしてはいかがでしょうか?

ちなみに11月3日『ゴジラ』最新作が公開されます。

暑さ寒さも彼岸までといいますが、最近は彼岸過ぎても暑い日が続きますが皆様、お身体ご自愛ください。

さて、日田で秋のお彼岸と時期にあるのが放生会です。

お彼岸の中日を挟んで五日間ありますがチョッとネットで調べてみるとそもそもの語源は捕獲した魚や鳥獣を野に放し殺生を戒める宗教儀式だったそうです。生き物を放つわけですから放生会とゆう言葉にも納得できますね。現在は収穫祭や感謝祭といった意味合いの方が強いように感じます。私もまだ見たことがありませんが放生会が始まる前に神輿下りがあり、本殿から藤蔭高校の男子学生が神輿を担いで石段を下りその神輿を藤蔭高校の裏にある外宮に安置し、また放生会が終わるころに上まで担ぎ上げるみたいです。

毎年、ケガしたときの保険を契約いただいていますが何か事故が起きないかヒヤヒヤしています。

そんな放生会も今と昔ではだいぶ変わったみたいで親から聞いた話ですと露店は今の市役所前までではなく、咸宜小学校前までお店が並んでいたそうです。

振り返ってみると小学生までは親と出かけて、中学になるとその頃付き合っていた女の子と二人で行きたいけどなかなか言い出せなくて結局他の友人とダブルデートなってしまったりとか・・高校生にもなると通っていた高校から近かく、しかも文化祭の準備時期と重なり放課後よく友達とワイワイ繰り出したものです。

その中でも印象に残っているお店が大原グランドの駐車場付近に毎年大きなテントを立てていた見世物小屋、不気味でどんな見世物か恐々入った覚えがあります。見世物の内容は食事中の方もいますのであえて控えさせていただきますが皆さんの中にも記憶にある方も多いと思います。その横には象など大きな動物の形をしたテントの中で子供たちが飛びまわっているのが印象に残っていますがいつの間にか見かけなくなりましたね。

社会人になって毎年一度は出かけますが目的はうちの嫁さんが梅ヶ枝餅が好きで法務局前のお店に毎年買いに行っています。この年になって改めて大原通りを歩くと道端に学生がたむろっていたり道の真ん中で固まって話したり、はたまたあの数百メートルの通りを何度も往復する学生たちをよく見かけます。私たちが学生の時にやっていた事を今の子供たちも同じことをしているのだな~と思うとなんだか懐かしい気分になります。

今年の放生会もまた嫁さんと梅ヶ枝餅を買いに行くと思いますがもちろん高校1年生の娘が付いてくるはずもなく逆に友達かはたまたどこぞの男の子と歩いているかもしれないので嫁さんと捜索したいと思います。皆さんも昔を思い出して放生会に出かけてみてはいかがでしょうか?

先日の土曜日に武内会友が出演されているミュージカルを妻と観覧してきました。高校生や小中学生が主に出演していましたが学業がある中、本当によく練習したんだろうな~と感じました。

最後のカーテンコールでは主人公の女の子が涙を流していましたが今までの事を振り返って感情が込み上げてきたんだろうな~と思いました。

たった数分の会長の時間ですらこうやって原稿を用意しないとしゃべれない私に比べて約2時間セリフを覚えて演技をしながらしゃべるわけですから本当に感心しました。内容も誰しもが高校時代に一度は思い悩んだのではないかとゆうストーリーであの頃の事を思い出し懐かしさを感じる内容でした。武内さん、素晴らしいミュージカルを見せていただきありがとうございました。

今日の会長の時間はそんな純粋な心を持った子供たちの姿を是非この人たちにも見ていただきたい話です。7月~8月にかけて世間を騒がせたビッグモーター問題について会長とゆう立場よりも保険代理店として私がお話しできる範囲で皆様にお知らせしたいと思います。

まず気が付いたらこんなにも大きなニュースになっていたな~とゆうのが実感で保険代理店の視点から見ても常軌を逸しているとゆうのが率直な思いです。

正直、大半の人は車の修理の明細を説明されても「ハイハイ」と頷くだけで中身を本当に精査して理解している方は皆無だと思います。ましてや最近は車も精密化され増々複雑化されています。

そこに付け込んで見積りを高くしたり、雹が降って凹んだ車体にゴルフボールを布で包んで凹んだ範囲を拡大させるなどチョッと保険代理店の私でもビックリしました。正直、お客様の負担を減らす為、修理工場が見積りを高くすることはあるかもしれませんが、今回の件は根本的にお客様の為でなく自分の会社の利益の為とゆうのが間違えていると思います。

こうゆうことが明るみになると芋づる式にいろいろなことが発覚するのが世の常で、まぁ出るわ出るわ不正の数々・・。従業員に他人名義の車の自動車保険を契約させて自損事故を装い保険金をだまし取ったり、しまいには街路樹まで枯らしてしまう始末です。

ただその中でも損害保険会社との関係は目に余るものがありますね。私は人に訊かれたら開き直って「もうズブズブの関係なんでしょうね!」と言っています。どの業界でも『持ちつ持たれつ』はあると思いますが今回は完全に一発レッドカードです。

今後の事ですが、私の引き受け保険会社である三井住友海上ではビッグモーターで2018年以降修理などした約47,000件を来年の5月までに全件調査し不正が発覚した場合、悪化した等級を元に戻すとの事です。ただこれはかなり大変な作業だと私なりに想像します。なにせ当時の修理見積と写真を照らし合わせて適正かそうでないかを判断しなくてはいけないわけで途方もない時間と労力がかかるでしょう。

皆さんはあの社長の会見を見られてどう思いましたか?本当に何も知らなかったと思いますか?今後、ビッグモーターがどうなるかはわかりませんが真面目に働いていた従業員はたまらんでしょうね・・もし会社が倒れたら約6000人の従業員は路頭に迷うことになるかもしれませんね。

でも前の社長やその息子、他幹部はのうのうと暮らしていくのでしょうか?なんか腹が立ってきますね。皆さんはどう思われますか?

先日の日曜日に私の母校である日田高校の同窓会がありました。日田高校の同窓会組織は名称を陽柳会と称し、ものすごいしっかりした組織で毎年会費の振込用紙が届いたり、旧中等部、女学校時代を含めると創立100年超えていますが過去すべての卒業生名簿なども定期的に更新し発行しています。

以前スマイルでもお話ししましたが、伝統的に卒業から30年を迎えた学年が総会及び同窓会のお世話役を担っており会員の中にも経験された方も多いと思います。6月から事前に打ち合わせが始まり本番を迎えたわけですがこの数が月間、同窓会組織の方々と私の同級生6名ほどで打ち合わせがしましたが久しぶりに会う顔もあり楽しい数か月間でした。

本番には約190名が参加し私たちの年代は34名が受付や写真撮影などお世話をさせていただきました。このような会に参加することによって同級生の中だけでも初めて話す人がいたり、卒業して以来30年ぶりに会ってお互いの変貌ぶりや子供の話で盛り上がり朝の8時30分から準備が始まって11時から総会→12時から懇親会と進んでいきました。

懇親会の冒頭に現役の日田高生音楽部による校歌斉唱があり久しぶりに聴く校歌はジーンとくるものがありました。最後には私たちの学年全員と来年度担当10名が壇上に上がりリーダー同志の引継ぎ、そして会場参加者全員でもう一度校歌を合唱し懇親会は終了しました。

その後、我々だけの慰労会があり最終的に帰宅したのが夜の9時になってしまいました。長い一日でしたが非常に有意義な一日でした。

我々の学年以外でもなかなか話す機会が無い方々と懇親を深める事ができましたし、あまりアピールはできませんでしたが、もしかすると私たちに近い世代の方がロータリークラブに話題になって興味をもっていただき、会員増強の一つのきっかけにならないかな~とふと思ったりもしました。

この夏は他にも仲の良い連中でプチ同窓会を催したり、息子が高校時代のサッカー部の保護者10名ぐらいとお酒を酌み交わしたり振り返ってみると酒漬けの夏でした。先ほども話しましたが沢山の方々との交流があってこそ会員増強に繋がると考えます。

今日は出前増強セミナーです。私なんかより皆様の方が何倍も人脈があると思いますので今日のセミナーをきっかけに会員増強に繋がればと思います。

最後に同窓会の会長は8月から園田会友、来年の担当学年のリーダーは足刈会友です。お二人とも頑張ってください。

そろそろ会長の時間のネタがなくなりつつある荒川です。

皆さまお盆はどのようにお過ごしになられましたか?うちは11日にお墓の掃除、お仏壇の掃除をして提灯を飾りお団子やお花を供え玄関には先日お話ししました馬と牛に見立てたきゅうりとなすを置きました。いつも通り13日に仏さまをお迎えし16日に送ってあげられました。ただ15日には近畿地方を台風が縦断し交通機関に多大な影響や建物などの被害もあったみたいです。

そこで今日は台風についてチョとお話ししたいと思います。6月から9月までが最も災害が発生する時期になり特に台風はこれから9月までが最も発生、接近そして上陸する場合が多くなります。保険会社としては最も警戒する時期になります。それにもまして全国のどこかで毎年のように発生する水害、先月の豪雨は記憶に新しいところですが梅雨が明けたと思ったら落雷の被害の発生の増加。やはり温暖化に伴う気候変動の影響がおおいに関わっていると思います。

チョッとここで皆様に思い出してもらいたいのですがリンゴ台風と呼ばれた台風を覚えていますか?

日田に多大な被害をもたらし風倒木とゆう言葉を生み被害地域の住宅の屋根がブルーシートで覆われたあの台風です。リンゴ台風の名前の由来は九州を通過後北海道に上陸し収穫間際のリンゴを軒並み落としたことに由来します。

この台風は平成3年(1991年)9月27日の16時ごろに長崎に上陸しました。そして甚大な被害をもたらしましたが実はこの2週間前に台風17号が19号とほぼ同じコースで上陸しました。30年以上前の事なので皆様の記憶にはないかもしれませんが17号で被害が出て19号でとどめを刺されたといったところでしょうか?なぜ私が記憶しているかといいますと17号は早朝に長崎に上陸し通学時間と重なってしまい、今では考えられませんがこのような台風が日田を襲ったのは初めてであった事もあり、なんと学校が休校にならず暴風の中登校した記憶があるからです。橋の上では看板が飛んできて死ぬかと思いました。

当時日田高は創立70周年記念文化祭でしたが登校したら教室が水浸しになっており、後片付けをしたのをかすかに覚えています。

話は戻りますが台風シーズンはこれからです。皆様備えはいかがですか?もう一度見直してみてはいかがでしょうか? 宣伝ではありませんがもちろん保険も加入されているとはおもいますがもう一度、確認してみてはいかがでしょうか?もしご不安でしたら若宮町にいい保険屋さんがいますのでご相談してみてはいかがでしょうか?

まずは今日の納涼例会ですが台風の進路に次第では開催を悩みましたが幸い大分県に最も近づくのは明日のようですので開催することに決めました。ただ皆様も明日以降の進路には十分気を付けてください。

次に2週続けてお話しした高校野球情報も今回が最終回です。

先日お話しした通り8月6日甲子園球場に息子と二人で開会式を見てきました。天気も良く念願の通常開催の開会式を見ることができました。声出し応援も解禁になり、現場で見たり聞いたりするとTVとは比べ物にならないぐらい迫力があり、変な奴と思われるかもしれませんがチョット熱いものがこみ上げてきました。開幕直後の第1試合中にファールボールが息子に直撃するハプニングなどありましたが幸い大事には至らずこれも良き思い出となりました。あとは明後日の明豊高校の検討を祈りたいと思います。

さてここからは今日はお盆についてチョとお話ししたいと思います。ご存じの通りお盆はご先祖様をお迎えする大事な夏の行事です。去年うちは父の初盆でしたが今年は諌山幹事と佐久間会友のお父様の初盆だと思われるので準備に忙しいのではないかと思います。

地方によって多少違いがあるかもしれませんが8月13日~16日が一般的にお盆と呼ばれていると思います。いろいろご先祖様をお迎えするやり方はあると思いますがおそらく迎提灯出される家が多いと思います。

昨年はうちでは父の初盆だったので玄関の外に提灯を出しましたが今年はどうしようか迷っています。「初盆かな?」と間違われる方もいるかもしれませんが本来の意味からするとご先祖様への目印的な意味のはずですので外に出しても構わないはずですがそこは妻と相談します。

あと、きゅうりとなすに串を指し馬と牛に見立ててお迎えする風習、ご存じの方も多いと思いますが馬に乗って早く家に帰って来ていただき牛に乗ってゆっくりと向こうへ帰っていただく。いろいろ地域や家庭によってお迎えやお見送りがあるかと思いますが大事なのは先祖を敬い普段なかなか会えない家族や親族が集い先祖の話で盛り上がるのが大事なのではないでしょうか?

そして8月15日は終戦の日でもあります。志半ばでお国の為に若い命を捧げた方々や空襲や原爆などで犠牲になった方々にも思いをはせてみてはいかがでしょうか?

最後に今回は親睦委員会には進行の段取りやアトラクションは一切お願いしておりません。いつもこのような宴では親睦委員会の皆さんが準備や進行などで親睦を図れていないので今宵は楽しんでいただければと思います。

ではそろそろ皆様の喉も結構カラカラだと思いますので会長の時間はこれぐらいにして大いに飲んで日田の暑い夏を乗り切りましょう!

先日15日に小野の被災地にボランティアに中央から7名で行ってきました。家の中がどうゆう状態か重い泥、そしてにおい、やはり現場に行って初めて惨状がよくわかりました。

わたし達は一日だけですがそこに住んでいる方は暑い中、終わってすぐ風呂にあいれるわけでもなく家でご飯を食べられるわけでもなくそれを考えると言葉もありません。

もはや数十年に一度ではなく毎年全国のどこかで・・となるのではないでしょうか?今後時間はかかると思いますが早期の復興を願うばかりです。

話はガラッと変わりますが前回お話しした高校野球の注目校のその後です。明豊と大分舞鶴、津久見は初戦を突破。藤蔭はエースのアクシデントで2回途中降板、初戦で散りました。地元、日田林工は勝利、日田高校は敗退とゆう結果でした。ちなみに本日、今、明豊高校が三回戦がおこなわれています。明後日には

津久見対日田林工の対戦があります。次回の例会は8月8日なので代表校は既に決まっていることになり、もしかしたらその入場行進を私が甲子園で見るかもしれませんが結果はその時に報告します。

話はまたまたガラッと変わりますが先日7月16日に4年ぶりに集団顔見世が日田駅前で行われました。日田中央からもたくさん参加されていましたし、他会員の方も駅前に見に行った方もたくさんいるのではないでしょうか?

私も妻と出かけましたが、今年は例年と違い1週間前に集団顔見世を実施しかつ連休も重なり多くの見物客がいたように思います。特に外国人を沢山みかけました。観光資源として今後もこのようなスケジュールで行われると伺っています。

日田祇園の特徴的はなんといっても山車(だし)です。皆さんもご存じの通り山車には木彫りや彩色された美しい装飾が施されています。全国的にはたくさん祇園祭りはありますがあれだけ豪華な山車はなかなかないのではないでしょうか? 

2016年ユネスコ無形文化遺産に登録されたのは記憶に新しいところです。山車には、武将や神様を模した人形が乗せられ、町内の若者たちが力強く引っ張る姿が見られます。私の幼少の時の記憶では今のようにゆっくり引っ張るのではなく横町を猛スピードで駆け抜けていた記憶があったのですがもしかしたら私の記憶違いかもしれません。

かくゆう、私も若宮町に住んでいます。若宮にも山車はあるわけですが特に私は参加していません。ご存じの方もいると思いますが私の父の従姉妹にあたる方がすべての山車の人形を作っています。重ねて6年ほど前から私の事務所に勤務している従業員、私の二従姉妹に当たりますが人形造り手伝っております。その分私は仕事に精進させていただいております。

何はともあれ4年ぶりの集団顔見世、やっといつもの熱い暑い日田の夏が戻ってきた気がします。皆さんもぜひ今週末の晩山を見に行ってみてはいかがでしょうか?どうせ暑い夏なら思い切って汗を搔きにいっておいしいビールをたくさんのみましょう!

最後に先週地元新聞が配布されましたが各団体の会長幹事の写真付きで紹介されています。各方面また身内、特に娘から「これいつの写真?」と取り調べにあい、「10年前。」白状させられました。

昨日の未明からひどい雨が続きましたが会員の皆様、何事もなかったでしょうか?
幸い小野地区など一部道路などに被害はありましたが市内は過去の水害のように大きな被害はなかったように見受けられます。しかし中津や田主丸など人的被害が発生しているみたいでお知り合いなどで被害に遭われた方がいましたらお見舞い申し上げます。うって変わって今週末から天気予報では晴れが続きそうでいよいよ暑い夏がやってきそうです。

もう一つ熱い戦いである甲子園の県予選が7月8日から始まりました。ここで過去の大分県の高校野球について私が知っている範囲でお話ししたいと思います。

まず、大分県代表で唯一全国優勝した高校があります。それは1967年(昭和42年)の春1972年(昭和47年)の夏 優勝の津久見高校です。当時小嶋監督を率いて2度全国優勝を果たしています。

ちなみに私の妻の母校でもありますが妻の2学年上に甲子園でも活躍しその後ヤクルトで活躍した川崎憲次郎など学校でよく見かけたそうです。そんなこともあり津久見市は野球の町といったイメージがあり、失礼ながら人口のわりにかなり立派な球場があります。

写真はありませんがこの辺りで例えると別大興産スタジアム(旧新大分球場)に近いぐらいの規模です。

次に私の父が大学まで野球をしましたがもちろん高校時代は甲子園を目指す高校球児だったわけですが当時父の母校の日田高校は県下でも野球の強豪校で監督は大原神社の神主、メンバーも蒼々たる方々ばかりだったそうです。

それでも当時は今のように県1校ではなかったなどの事もありあと一歩ところだったとよく父から話を聞きました。それゆえに今から28年前になりますが平成7年に日田高校が甲子園出場が決まった時の父の喜びようは・・・

これに関しては父と一緒に新大分球場まで決勝戦を見に行って負けたと思い試合の途中で日田に帰る車の中でラジオを付けて勝ったことを知った古川会友がよくご存じだと思います。その後父はOBとして寄付集めに奔走したみたいで残念ながら甲子園では初日の一回戦で負けてしまいました。その分寄付金も余ったみたいで学校全体の設備が潤ったのは有名な話ですね。

次に過去5年間の県予選を振り返ってみますと5年前の第100回記念大会の大分県代表は日田の藤蔭

次の101回大会もなんと2年連続で藤蔭高校だったんですね。102回大会は県では初めての藤蔭の3連覇がかかっていたのですが新型コロナの感染拡大で中止になり夢は途絶えました。全国の高校球児が涙したニュースを記憶しています。

その代わり各県で独自大会が開かれその時に決勝で舞鶴を破って優勝したのが津久見高校でした。しかしその先の甲子園の舞台は無いわけですので複雑だったと思います。その後103、104回とも明豊高校が出場しています。

さて今年はどうなるか明豊の牙城を崩せるか?注目校は山口、高倉貴子会友の母校でもあり県下有数の進学校でラグビーで花園常連の舞鶴が良い成績を残しています。ちなみに藤蔭も150キロの速球を投げるピッチャーがいるそうです。興味がある方は少し注目してみてはいかがでしょうか?

最後に去年、息子が大阪にいることを言い訳に高校野球の開会式の一斉行進が見たいが為にわざわざ大阪まで行って開会式前日にコロナの感染拡大でキャプテンだけの入場行進になってしまい今年こそリベンジを目論む荒川でした。

とうとうこの日、この時がやってまいりました。自分が皆様の前でこうして会長として話している事にまだ実感がわきません。

会長を仰せつかって約2年半が経ちますがあっという間に時が過ぎ気がします。

週末からの豪雨が心配ではありましたが無事に今期、第1回目の例会を迎えることが出来ました。この時期はどうしても災害が多く過去にも水害や台風などで例会の開催が出来なくなることが何度もあったと記憶しています。

とにかくこれから私にとって長い長い一年が始まります。もちろん私は初めて会長をやるわけですが未だに分からないことだらけです。

自慢ではありませんが歴代会長の中でこれほど知識不足の会長はいないのではないかと思います。

チョッと話は変わりますが、論語にこうゆう言葉があります「子曰く、三人行えば必ず我が師有り。其の善なる者を択びて之に従い、其の不善なる者は之を改む」要約すると「三人で一緒に行動すれば、そこには必ず自分の手本となる人がいるものである。

そのよい点を見ならい、改善すべき点は改善する」と。

今、私の目の前には3人どころか40人近くのお手本となる方々がおられます。

最後に皆様のお力添えが無ければおそらく途中で沈むかもしれません。どうか1年間よろしくお願いします。

以上で最初の会長の時間を終わります・・・。