本日の例会 ゲスト卓話
本日は、日田祇園山鉾振興会の草野圭次会長によるゲスト卓話でした。
草野氏は、日田祇園山鉾振興会は後藤稔氏からの交代で、第3代の会長となります。会長交代は1992年以来、29年ぶりとなります。
祇園祭の成り立ち
八坂神社の祭礼として始まったもので、その起源は、はっきりしていません。
祭神は牛頭天王(スサノオノミコト)。元々、牛頭天王はインドの神様で、スサノオノミコトは日本の神様です。いずれも、荒ぶる神様なので、同一視されたのではないかとのこと。
『備後国風土記』によれば、牛頭天王が、蘇民将来に一夜の宿を借り、その礼として疫病を免れる茅の輪を与えて「自分はスサノオノミコトである」と名乗ったという。876年 疫病が流行った際に、神様の祟りを鎮めようと牛頭天王(スサノオノミコト)をお祭りしたのが始まりと言われています。
日田祇園
日田祇園会は有田祇園社を祖とする「有田風土記」との説もありますが、現在行われている形式になったのは正徳4年(1714)に始まるとするものが、「豊西記」に記されています。
年々、豪華になり、明治初期には高さ15mを越えるものもあったそう。しかし、事故や電線による規制もあり、4m程度の高さで運行された時期が続きます。
戦時中は一時中断し、戦後の昭和24年(1949)、大和町の山鉾が一番に復帰。その際、祇園囃子をする人がいなかったので、テープレコーダーで流して運行しました。
その後、三隈町、川原町、若宮町の山鉾が復帰。
さらに、昭和61年(1986)に中城町、そして、港町、御幸通りが復帰。
1990年に上町の山が復帰し、ようやく8基が揃いました。
重要文化財とユネスコ無形文化遺産
1996年に国の重要無形文化財に指定。
さらに、2016年12がつに日田祇園の曳山(ひきやま)行事など、18府県・33件の祭りで構成する「山・鉾(ぼこ)屋台行事」がユネスコの無形文化遺産に登録。
しかし、この2年、コロナ禍により日田祇園祭は開催されておりません。
本来は、疫病退散の祭礼であることから、コロナ収束の祈るためにも、ぜひとも今年は開催したいとのこと。
また、後継者不足により山の引手がいないなどの課題を解決し、350年以上続いてきた伝統行事を将来へも引き継いでいきたい。それが、会長の役目である。
とのことでした。
今年は、ぜひ開催されることを祈っております。
例会報告
第2179回例会(2022年1月18日)



