本日は、ゲスト卓話。
ゲストは、博多座 統括マネージャーの上野純一様です。
テーマは、劇場運営会社から興行会社へ。
博多座は平成8年(1996)に設立。
1989年に福岡市でよかトピア(アジア太平洋博覧会)が開催され、その中でCATSが上演されました。
そこから、博多劇場構想が掲げられ、東京に行かなくても福岡で行ける劇場をつくることを目標に、博多座が作られました。
元々、九州・福岡には、江戸時代から中州・川端地区が芝居などの興業の中心でした。
明治以降は、常設の芝居小屋が登場し、いくつも立てられ、多くの演劇人を生みます。
しかし、昭和47年(1972)の大博劇場を最後に博多の街から劇場の灯が消えました。
近年、福岡市は政令指定都市の中で、若者のが人口比率が一位。
舞台芸術や演劇に関わる学校も多くあります。
しかし、大阪・東京と比べ、本格的な劇場が無かったため、役者はもちろん、舞台を支える多くの技術者も、大都市へと出ていきました。
1996年、博多座が誕生します。
しかし、立派なハコモノはできても、マネジメントできるスキルを持った人材はいません。
当時は、東京・大阪で上演される舞台を、博多座で上演するだけで精一杯。
しかも、ギャラから製作費を交渉できる術もなく、言われるがままに受け入れていたとのこと。
10年以上かけ、営業から裏方まで、人材を育成してきました。
現在では、上演する芝居の企画から、その配給まで担えるようになりました。
貸館としてスタートした博多座ですが、現在は、九州から山口・広島までの商圏に対し、芝居の上演から集客まで行っています。
また、博多座(福岡)に一極集中するのではなく、ここで演劇・舞台芸術を担う人材を育て、文化芸術を支えることができるよう、これからも様々な企画に取り組んでいくとのことでした。
今後の活躍が楽しみです。
【ひとくちメモ】
よかトピア(アジア太平洋博覧会)
バブル最高潮の平成元年、福岡市が市制施行100周年を記念して、現在の早良区百道浜や中央区地行浜の一帯の埋め立て地を会場に、市を挙げて催した一大フェスティバル。
1989年3月17日から9月3日までの171日間開かれた。


